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京都地方裁判所 昭和36年(モ)681号 判決 1961年8月15日

債権者 岡田庄三郎 外一名

債務者 岡田武夫 外二名

主文

当裁判所が、昭和三六年(ヨ)第二三六号仮処分申請事件につき昭和三六年六月二二日になした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者等の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

債権者等の求める裁判

一、異議訴訟前の申立

債務者丸江伸銅株式会社(以下単に丸江伸銅又は会社と云う)の代表者として岡田武夫が表示されている。しかし乍ら会社の代表者は代表取締役代行者山口友吉弁護士であつて、岡田武夫は、主文記載の仮処分(以下本件仮処分と云う)決定により、職務執行を停止されているので、その資格がなく正当なる代表者として、訴訟行為を為しえないものである。よつて丸江伸銅の異議申立は不適法として却下さるべきである。

二、異議訴訟について

(1)  債務者等代理人は、第三回口頭弁論期日に於て、本件異議申立を取下げたので、異議訴訟は右取下により終結しているので、その旨の判決を求める。もし第四回口頭弁論期日になされた訂正申立が許され取下げられてないとすれば、

(2)  主文同旨の判決

債務者等の求める裁判

「本件仮処分は、これを取消す。債権者等の本件申請を却下する。訴訟費用は債権者等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

第二、債権者等の主張

一、債権者両名は、六ケ月前から引続き丸江伸銅の発行済株式総数六〇万株の百分の三以上にあたる二万一四〇株の株主である。即ち債権者岡田庄三郎は三、一〇〇株、同岡田ハナは一万七一三〇株を所有している。

債務者岡田武夫は丸江伸銅の代表取締役兼取締役、同佐々木貞治は同社の取締役である。

二、被保全権利の存在――債務者岡田同佐々木(以下債務者両名とも云う)は丸江伸銅の役員として、その職務執行に関し次の如き不正行為をなし、且法令、定款違反の重大なる事実があるので、債権者等は債務者両名を解任する権利がある。

(1)  会社資金横領について

債務者両名は共謀の上、約一七〇〇万円に上る会社資金を不正に流用し横領している。即ち会社の昭和三六年二月二八日現在の貸金二三二一万五一〇二円のうち約金一七〇〇万円につき、債務者両名はこれを訴外大和伸銅株式会社(以下単に大和伸銅と云う)に対する貸金なる旨説明しているにも拘らず、大和伸銅と丸江伸銅の間にはそのような貸借関係はなく、債務者両名が横領しているのである。因に債務者佐々木は同岡田の腹心の部下で、右横領を含め以下の不正事実は全て両名の共謀にかゝるものである。尚右横領に至る経過は昭和三三年度には約金四二六万円、同三四年度には約金一三四五万円を何れも大和伸銅への貸金と称し横領しており、同五年度は前記の如く金一七〇〇万円以上に達しているのであつて年々増加している。

右事実は、債務者岡田が昭和三四年八月二〇日京都地方裁判所の競落許可決定により取得した京都市南区東九条南河辺町七〇の三所在の土地・建物(以下競落不動産とも云う)の競落代金五六九万余円及び附随費用を大和伸銅に対する架空の貸金名下に会社資金より支出している一事でも明白である。債務者岡田はこの点につき種々弁解するが、その主張は至る処で矛盾している。同人は、陳述書に於て競落不動産は武夫個人のものとは思わない。深く考えず個人名義としたと述べているが、卒直に会社に帰属すべきことを認めておらず、かえつて本人訊問の際、「競落不動産が三〇〇〇万円で売れたら、大和伸銅への名目的貸付金を会社へ返還した残金を訴外岡田初太郎に贈与する」旨述べ、競落不動産を会社資産と考えていないことを明白にしている。たとえ資金を会社から借受け競落不動産を適法に自己の所有物としたとしても資金借受等については取締役会の承認も議事録も存在せず、会社を私物視していることが充分うかがわれる。

更に債務者岡田と会社との間の公正証書で競落不動産に順位第一番の抵当権設定契約をしたが、当時京都銀行に既に一番抵当が入つているのにも拘らず、右の如き虚偽の契約をしているのであり、且約九ケ月経過した今日に至るもその登記がなされていない。以上の次第で、債務者両名の特別背任、横領の事実は疑の余地がない。

(2)  定款・法令に違反する重大な事実について

(イ) 会社書類・閲覧謄写の拒否

債権者庄三郎は昭和三五年五月上旬頃及び同三六年六月一四日、会社に対し、定款・議事録・株主名簿・計算書類等の各閲覧謄写を要求したところ、何れも理由なく拒否されたが、該事実は明白なる商法違反である。更に右債権者の申請により、京都地方裁判所より書類帳簿の閲覧謄写の仮処分命令が発せられたにも拘らず、なお之を無視し、裁判所からの電話による指示により漸くその閲覧等を許した次第で、法律や裁判所を侮辱している。

(ロ) 利益の蔭蔽と株主に対する虚偽報告

債務者岡田は本人訊問において自己の邸宅を建てるについて「前々期から一億円以上の利益が上つている。」と述べたが、決算報告書によれば前々年度と前年度の利益金合計は金六四〇〇万円で、しかもこの中には架空の大和伸銅への貸金一七〇〇万円が計上されているので、利益金は更に少くなる筈で、その差額は、株主に蔭蔽し不正の用途に流用していることが考えられ、脱税の可能性もある。

また、昭和三六年六月一四日の株主総会で債務者岡田の邸宅を既に会社名義に登記してあると虚偽の報告をしたが、実際はその翌日登記している。

(ハ) 議事録作成に関する不正

昭和三五年五月一日以降の議事録綴によると、登記事項に関するもののみタイプ印書であり、他の取締役会議事録は手記されてあるのに乙一号証のみタイプ印書されていることは不可解である。

この点に関して債務者岡田は本人訊問に於て「偶々タイピストの手があいていた。」と弁解し乍ら、出席できる筈のない岡田キクが出席取締役として署名捺印している点を追究すると、「議事録は公認会計士に原稿を渡して作成して貰つていたので会計士が間違つた。」と弁解する仕末で乙一号証の議事録は甲二五号証の昭和三六年五月二七日付議事録の内容と対比して、後に至つて本件訴訟の為急拠作成された疑が濃厚で不実記載文書である。

(ニ) 違法配当

前記の如く大和伸銅への貸金は架空のものであるから、それを資産に計上して利益を算出しても、架空利益であり違法配当である。即ち昭和三五年度同三六年度の二回にわたり蛸配当をしていることになる。その他決算書類の不実記載等の詳細を数えあげれば際限がない位で、これらの事実は他の取締役、監査役の責任問題を生ぜしめるものである。

(ホ) 競業避止・自己取引禁止に違反する行為等

債務者両名は丸江伸銅と同種の営業を行い、同会社と密接な取引関係のあるカミノヤマ金属株式会社の役員に就任しているがこれについて、株主総会の承認も取締役会の承認も得ていない。

またカミノヤマ金属株式会社は丸江伸銅の銅残滓の一手引取り先であり、且トンネル会社であつて、残滓はその半分位がこの取引過程で消失し、役員の不正資金に使用され脱税が行われている。

(ヘ) 丸江伸銅の株式総数のうち過半数以上即ち債務者両者の持株の大半、従業員持株、取引先持株の全ては、実質的に自己株であり、この株式の資金は、会社の利益を不正に流用して得られたものである。

(3)  忠実義務違反について

債務者両名は従業員にはバラツクのような汚い社宅を提供し、延坪四〇坪位に五世帯を押込めて、他の従業員には社宅を作ることすら考えないでいて、自分達は、会社資金で豪奢な邸宅に居住している。即ち債務者岡田は、五人家族であるのに、鉄筋コンクリート三階建延約一〇〇坪の邸宅を然も、昭和二七年頃建てた家を壊して建てゝいるのであり、債務者佐々木も四〇坪の邸宅を新築居住している。

かゝることは会社に対する重大なる忠実義務の違反である。

三、以上述べた如く債務者両名にはその職務遂行に関し、不正の行為があり、又法令・定款に違反する重大なる事実があるので、債権者両名は昭和三六年五月四日会社に対し、株主総会の招集を請求し、同年六月一四日開催された株主総会に於て債務者両名の解任につき審議したが、右議案は否決された。よつて債務者等解任の本訴を提起すると同時に、後述の如き保全の必要性あるため、当裁判所に本件仮処分申請をなし、債務者両名の職務執行を仮に停止する旨の本件仮処分決定が下されたのである。

四、保全の必要性

(1)  本件仮処分の如き場合、債権者両名の保全の必要性は、不正行為ある会社役員をして、その職務を執行させるならば、遂に会社に回復し難い損害を加えることになるのであるから、被保全権利(即ち解任請求権)の存在の主張即保全の必要性の主張と云うことにならざるを得ない。

而して債務者等は不正行為の存在、解任請求権(被保全権利)の存在、及び保全の必要性を争わず、自白しているものであるが、抗弁として特別事情を主張する。ところが、特別事情の主張に対する債権者等の主張は保全の必要性たらざるを得ず、之が表裏の関係にあること、東京地方裁判所昭和二八年五月二九日判例にも述べられたところであるから、特別事情に対する反論を兼ねて保全の必要性を述べる。

(2)  前記の如く債務者両名は金一七〇〇万円にのぼる横領の事実があり、これは資本金三〇〇〇万円の会社としては相当な巨額で、又昭和三五年増資するまでは資本金は一五〇〇万円で、架空の大和伸銅の貸金は資本金と略同額の金一三〇〇万円に達しているのでこれのみを以てしても、保全の必要性は充分である。更に前述の如く無数の不正、不当の行為があるのであるから、債務者両名解任の本案判決が下るのを待つていては、会社に回復不可能な損害を与えることは明白であるので、仮にその職務執行を停止しておく必要がある。

(3)  丸江伸銅は債権者等の請求により昭和三六年六月一四日開催された株主総会に於て、その授権株式数を八〇万株から二四〇万株拡大変更した。従つて仮に本件仮処分が取消され、債務者両名が元の役職に復するならば直ちに増資決定をなし、新株式を債権者等に割当てないことは推測に難くない(乙第三五号証(ニ)(ヌ)の項参照)。蓋し丸江伸銅は資本金一億円以上の会社でも株式上場会社でもないので、新株発行についても証券取引法上の厳格な規制を受けず、公募等の方法により容易に債権者等を排除して新株を発行することになろうし、その場合には債権者等の持株数が全発行株式の百分の三に不足するに至ることは明白で、債権者等の少数株主権に基く解任請求の本訴も維持し得なくなる。而して若し右の如き事情に於ても、この種仮処分が取消しうるとすれば、少数株主保護の商法の規定は全く有名無実になるので、保全の必要性は充分あるのである。

(4)  前述の如く債務者岡田は競落不動産を三〇〇〇万円で売却し、流用した金員の返還を除いた残額を岡田初太郎に贈与しようとしており、又第二回口頭弁論期日で本件仮処分が取消されず、不渡手形が出るようになれば、会社を整理して第二会社を作る旨の暴言を吐いた。これこそ同人が会社を私物視している証拠で、かゝる者をして再び職務を取らせるに於ては、会社は如何なる損害を蒙るか予測し難いものがある。

五、特別事情の主張に対する反論

(1)  債務者両名の主張に対する法律的見解

債務者等のうち丸江伸銅は形式的当事者で実質的当事者は他の二名であり、会社に対する特別事情を債務者両名が主張することは許されない。即ち職務執行停止仮処分に於て会社を債務者としてもしなくても効果に変りのないことは確定的先例であり、会社を債務者としたのは、対立当事者として取扱う趣旨ではなく、会社をして不正行為ある役員が会社職務を執行することを妨げ、選任さるべき代行者をして会社のため不正役員を会社から排除しうる授権決定を予め裁判所から得ておく趣旨である。ところで債権者等は債務者両名にこれ以上会社業務を執行させることこそ、会社にとつて回復不可能の損害が加えられるとして本件仮処分を求めたものであるから、債務者両名は右不正行為の不存在を充分立証して始めて会社の利害を主張しうるのである。然るに債務者両名は不正行為につきその主張をしないで、特別事情を主張しているので右主張自体失当である。

(2)  債権者等の蒙る損害は金銭的補償を以てその目的を達し得ないものであること。

(イ) 本件被保全権利たる解任請求権は株主としての共益権であつて、その行使による利益は、会社自体ひいては全株主、全債権者、全従業員等に帰するものであり、独り株主個人の利益の為に行使するものではない。従つて本件仮処分の取消により債権者等の蒙る損害の算定に当つては、単に債権者個人のみでなく、むしろ会社の受ける損害をより重視すべきである。

(ロ) 而して本件仮処分の取消により会社の蒙るべき損害は、これを金銭を以ては補顛し得ないものである。何となれば、この損害とは債務者両名がその職務を執行することにより、会社の財産、信用に及ぼす損害の謂に外ならないが、かゝる損害は、観念的には金銭に見積り得るとしても、会社の業務は継続的であると共に極めて広範囲に及ぶものであるから、種々不正行為があり、現に為しつつある如き債務者両名がその職務を執ることによつて会社が蒙るべき損害は極めて多大で、莫然としており、その数額を適確に把握し得ないものである。よつて観念的には金銭補償が可能であるとしても具体的には全く不可能であり、本件仮処分の取消により、会社が受けるべき損害は結局金銭によつてその目的を達し得ないものである。特に本件においては先に述べた如く、授権資本の枠の拡大によつて、債権者等の少数株主権が消滅の危機に瀕している事情の下においては尚更である。

(3)  特別事情として主張する事実に対する反論

(イ) 富士裾野新工場建設計画(以下単に計画とも云う)の挫折について

(a) 之は特別事情とはなり得ない。何となれば之は単なる計画であり、右新工場建設計画挫折によつて、現在の会社運営が不能になるとの事情は全く主張されていないからである。又銀行融資で一億五〇〇〇万円を新工場建設資金として期待していると云うのであるが、証人西川、同鈴木、同佐々木の各証言によつても明かな如く融資を受ける予定の三菱、三井、富士の三行ともまだ本店に禀議すらしていない有様で額も三行合せて五〇〇〇万円と述べ、一億五〇〇〇万円と確定したわけではない。更に金融事情の変化、各銀行本店の貸付方針の変化等によつて確実に融資がえられるものかどうかは不明と云う他ない。更に新工場建設には二億六〇〇〇万円を投ずる予定のようであるが、仮に右銀行融資が得られるとしても残余の一億一〇〇〇万円は自己資金で賄う他なく増資によつて、それだけの資金が得られるとの主張もなく、その可能性も疑わしい。

現在我国経済が入超であつて除々に金融難の方向に向つていることは公知の事実であつて、一年先の国家経済の趨勢すら予想し得ない現実においてそれだけの自己資金が調達しうるかは疑問で、そうなると本件仮処分とは全く関係の無い一般経済事情によつて右計画が挫折することも当然予想しうることである。我国の標準からすれば、資本金三〇〇〇万円と云う小企業がただ過去二年間多少儲つたというだけのことで、将来の見通も充分立てないで、資本金の九倍弱の資金を投ずる計画を立てるが如きは、正常な経営者としての資格を疑わしめるものである。従つて仮に本件仮処分によつて、この計画が挫折すれば、会社の株主債権者等に無謀で企業採算さえ理解しえない経営者の存在を冷静に反省させる結果となり、却つて望ましい位である。

以上の如く右計画挫折と本件仮処分とは全く関係がないので、特別事情にはならない。

(b) 右計画は取締役会に計り慎重審議して正式に決定されたものでなく債務者岡田の独断専行にかゝるものである。

債務者岡田の本人訊問では右計画を正式に決めたのは昭和三五年八月であり取締役会の開催等の手続は適法にすませていると述べているが、甲二五号証中には同人の述べている様な議事録はなく却つて乙一号証(前述の如く不実の文書と考えられる。)によると、昭和三六年五月一五日に始めて右計画を附議したことになつている。債務者岡田の右供述は明らかに虚偽であり、このように敢て嘘を述べて自己の利益を図ろうとする彼の性格から云つて、その証言陳述書等の信憑性は全く疑わしいものである。

(c) 右計画は極めて無謀で成功は覚つかないこと。

まず立地条件が宜しくない。債務者岡田が本人訊問に於て交通の便その他から見て工場用地としての条件は非常に良好であり、この近所へ三菱電機、トヨタ自動車、東洋レーヨン等が進出する予定と述べているが、債権者等代理人の調査では、交通・工場用水・土質等から見て、工場用地としての条件は余り良いとは考えられない。検甲五号証(毎日新聞昭和三六年七月一四日号)によると、トヨタ自動車は、傾斜面が多く整地に多額の費用を要すること、寒冷地であること、用水不足等の理由で、裾野町に約二〇〇万坪の土地を入手する交渉を断念したことがうかがわれ、このことからも、丸江伸銅の右計画の無謀さが知られる。更に進出が予想される三菱電機等は日本有数の企業で従業員の待遇も良好であるのに、小企業で待遇も劣悪で社長は鉄筋コンクリート三階の邸宅を社宅として建てながら従業員には粗悪な社宅を五戸しか作つていない丸江伸銅が裾野町のような田舎で他の大企業なみに、工員を集められるかは疑しいもので、どの点からみても右計画は無謀である。

(d) 鵜飼勇から賃借中の第二工場の返還を迫られていることについて。

債務者岡田は計画を是非実現させないと、現在鵜飼勇から賃借中の第二工場の返還を迫られているので、生産の激減を招くことになる旨第三回公判で突然云い出した。かゝる重大な事実があるとすれば経営者として当然常に念頭にある筈で当初からその旨の主張があつて然るべきであるのに、従来その主張は全くなかつた。而もこの賃貸借が紳士契約で書類等による手続をふまず、個人的信用に基き期限も定めていなかつたと云うのである。しかし新工場の完成は将来のことであるし仮に鵜飼から早急に返還を求められていたとすれば、本件仮処分と関係のないことで、特別事情になり得ないものである。尚右第二工場は従来殆んど生産に使われていなかつたものである。又鵜飼なる人物は何時も会見場所を電話で指定し、住所を教えない謎の男であり、その賃料を追求すれば、鵜飼と債務者岡田の間に着服等の事実も明白になることが考えられる。以上の次第で、第二工場の返還を迫られているとの供述は全く措信できないものである。

(e) 計画挫折による損害について

債務者両名のこの点に関する主張は全て仮定の事実であり(計画実現は彼等の主張通りとしても昭和三六年一一月で、実際は更に遅くなるものと信ぜられる。)実現の暁にはかくかくの利益を得る筈だと云う主張で本件仮処分の理由とはなし得ないものである。又売買手付金が流れると称しているが、二〇〇〇万円の土地に一〇〇〇万円の手付金を打つとは非常識な話で、信用し難いが、もし真実とすれば、さような無茶な経営者に対してこそ本件仮処分維持の必要性が強調されねばならない。一〇〇〇万円の売買残代金を手附と虚偽の主張をする債務者岡田の性格こそ糾弾さるべきである。乙三号証の四の約束手形の満期は昭和三六年七月二〇日であるが不渡にもなつていない点から見ても、債務者岡田が毎口頭弁論期日に、「明日にでも仮処分が取消されないと会社がつぶれる。」と強調するのがおどし文句に過ぎないことが判然とする。又立木補償測量費用とか雑費とかはまだ支払つていないものか、殆んどが飲食費等であろう。

(ロ) 従業員の夏期手当の支給が不能であるとの点について、

(a) 従業員の代表者と思われる証人北尾重雄の証言で明らかな如く夏期手当の支給については、職務執行を停止されている債務者岡田と交渉したのみで職務代行者山口弁護士に何等の交渉もせず、その存在すら知らない。

(b) また三井銀行の行員である証人鈴木はこの点に関し、夏期手当の資金繰りについて具体的な交渉を受けていない旨証言しており、債務者岡田が口では従業員の為を思うと言い乍ら解決の為何等努力していないことが明らかである。

(c) 従業員の欠勤がふえたのは夏期手当の支給が遅れた為であるとの主張はこじつけで因果関係はなく、夏期に欠勤が増すのは常態である。

(d) 要するに夏期手当の支給については、正に会社の常務であるから、職務代行者のなすべきことで、これが解決できないのは代行者にその人を得ないと云うことであつて、特別事情とはならないものであり、債権者等代理人に於て、つとに代行者の人選につき職権の発動を促している。

(ハ) 金融逼迫について

(a) まず現状維持のため必要な金融と、生産拡大のためのそれの二者を分けて考えねばならぬ。債務者等は両者ともに逼迫していると主張しているが、証拠上では後者の即ち生産拡大のための金融が事実上中止されているに過ぎず、前者は従前通りなされている。特に富士銀行は全く従前どおり行われている旨の証言がある。唯三行とも将来は前者の金融も後退するかも分らない旨の証言があるが、之は一般論に過ぎず、丸江伸銅について具体的な処置は、本店に禀議もしていなければ指示を仰いでも居らない実情で、右一般論も債務者両名が職務執行を停止されたからではなく、そのような内紛を胎んだ会社一般について、その内容を検討せねばならぬと述べているに過ぎないのである。

(b) 尤も三井銀行の鈴木証人のみは、丸江伸銅への金融は個人信用があるためで、債務者岡田以外の誰が社長になつても金融はできない旨証言しているが、銀行員として非常識な見解である。即ち銀行が会社に融資するにつき、社長の個人保証をとるのは彼の信用ではなく彼の個人財産について強制執行しうると考えるからであつて、資産のない会社代表者には必ず資産のある第三者を保証人に立てさせるのである。同証人は債務者岡田の個人担保について明確な答えをしていないし、その内容も知らないのであつてその証言は著しく信用性がうすい。若しかりに銀行が債務者岡田個人をそのように信用しているならば、同人が個人保証をし自己の資産を担保に提供すれば金融逼迫は解決できる筈である。

(c) 債務者等は口頭弁論の都度手形不渡の危険を警告してきたが、仮処分決定後一ケ月経過しても、一向その気配さえなく七月一八日、同月二〇日満期となる合計二〇〇〇万円以上の手形も決済されている。債務者岡田が真に会社の為を思うのならば、よろしく個人財産を投出して会社のため金融を受くべきものであるのに、かゝる努力をしたとの主張も立証もないばかりか、前述の如く第二回期日に会社を整理して第二会社を作ると放言している仕末である。

(d) 要するに金融逼迫の事実は制度上やむを得ないもので未だ当事者の努力を以ても解決し得ないものではなく特別事情として著大損害とならぬものである。

(ニ) 生産低下について

提出された証拠は全て推定であり、しかも債務者岡田自身の作成にかゝるもので信用性に乏しく、これを裏付けるに足る客観的証拠は皆無である。七月入つてから生産が減少しているように書かれているが一般的に生産は夏期は暑さの為低下するのが常である。

従つて冷房等の設備の合理化に資金を投ずべきであるのに、債務者両名の邸宅に巨費をつぎ込み、放慢な経営を続けたから生産が低下したと云われても仕方がない所で仮処分による影響ではない。

(4)  債務者両名の蒙る損害額

これは高々、取締役報酬であるから既にのべた通り本件仮処分が取消されることによつて蒙る債権者等の損害とは比較にならないものである。

(5)  特別事情については、「金銭補償の可能性」と「異常損害」の何れか一方が存在すれば足ると解せられているが、たとえ前者の要件が具わるとしても仮処分の維持により債務者等の受ける損害に比べ、これが取消による債権者等の受けるべき損害が著大である場合、ないし仮処分の必要性が強大である場合には仮処分を取消すべき特別事情の成立が阻却され少くともこれを理由として仮処分の取消を求めることは権利の濫用であると解すべきであり、本件は以上論述した如く右理論が適用さるべき場合である。

六、結論

従つて結局債務者等は解任請求権(被保全権利)の存在と保全の必要性を自白したものであり、抗弁として主張する特別事情も存在せず、通常予想される損害か代行役員の人選の問題に過ぎないので、本件仮処分は認可さるべきものである。

第三、債務者等の主張

一、債権者等の主張する被保全権利の存在及び保全の必要性は争わない。但しこれは右事実を自白したものでなく、訴訟を速かに終結せしめるためである。

二、特別事情の存在

(1)  新工場建設計画の挫折とそれに伴う損失について、

(イ) 丸江伸銅は昭和一九年資本金一三〇万円を以て金属精煉鋳造及び加工業等を営むことを目的として設立され、当初は債権者岡田庄三郎及び債務者岡田武夫(庄三郎の弟)等を経営者として発足したが、資本金は昭和二三年金三七〇万円、同二六年金五〇〇万円、同三一年金一〇〇〇万円、同三五年金二〇〇〇万円と順次増資発展し、今日では京都市内で三谷伸銅株式会社につぐ有力な会社である。

(ロ) ところで丸江伸銅は本社・工場とも京都駅南口の正面に位置しているが、近く東海道新線が貫通し、都市計画等の関係上、敷地拡張の如きは望めず、将来の発展のため他に工場等の敷地を求める必要に迫られ、東京に近い交通に便利な土地を物色中、偶々富士山裾野の静岡県駿東郡裾野町に約一万四〇〇〇坪の土地が見付かつたので、右土地を金二〇〇〇万円で買収しこゝに金二億六〇〇〇万円を投じて新工場を建設することとし、右土地代金は昭和三六年二月一四日金四五〇万円、同年四月一八日金五〇〇万円、同年五月初頃残金を皆済し、同年五月一五日には取締役会で全員一致で該計画は承認されている。

(ハ) 而して右工場建設の予定は昭和三六年(以下時に昭和を略する)六月より三七年三月までを第一期、三八年一〇月から三九年一月までを第二期として工事を施行する計画で、これが実現のため金一億五〇〇〇万円の銀行融資を必要とし三菱銀行京都支店、三井銀行京都支店、富士銀行東九条支店の三銀行(以下単に三行とも云う)から各金五〇〇〇万円宛の融資を承諾されており、更に前記土地は農地であるので、これを工場用地に転用のため、三六年五月一七日農林省に申請を了し、右銀行融資を待つばかりの状況にあつた。然るにこの時に本件仮処分がなされたのであり、右三行は債務者両名において丸江伸銅の経営に当らない限り右融資は困難な旨通告をなし来つた。従つて速かに本件仮処分が取消されない限り、新工場建設計画は挫折の止むなきに至り、丸江伸銅の発展は不可能になるおそれがある。

(ニ) 而して右計画の挫折によつて丸江伸銅は、

(a) 土地買収の手付金一〇〇〇万円を没収され

(b) 立木補償測量費用等金五三万余円

(c) 雑費金一一五万円

(d) 得べかりし利益 向う三ケ月間 金三九〇万円

次の三ケ月間 金六三〇万円

を夫々失う計算になる。

(2)  取引銀行における手形割引の枠の制限

(イ) 仮処分決定前後における銀行の丸江伸銅の手形割引の状況は

収入 一、金一二八三万七〇〇〇円 (三六年六月二二日三行から手形割引により融資を受けた額)

一、金三〇三八万九〇〇〇円 (右同日から同年七月六日までの現金収入)

合計金四三二二万六〇〇〇円

支出 一、金一〇〇九万一〇〇〇円 (同年六月二六日手形決済)

一、金一一一五万二〇〇〇円 (同月三〇日手形決済)

一、金六九三万一〇〇〇円 (同月二二日以降の給料、電力料原料代等の支払)

一、金三二七万円 (同年七月一日手形決済)

一、金六一七万八〇〇〇円 (同月六日手形決済)

合計金三七六二万二〇〇〇円

収入から支出を控除した額金 五六〇万四〇〇〇円

(ロ) 同年七月一〇日の現金収入予定は金六九五万円であり、前記(イ)の剰余金五六〇万四〇〇〇円との合計金一二五五万四〇〇〇円を以て左記支払の資金に充当する予定である。

支出予定額

一、金三〇〇万円 (同年七月一〇日の支払予定金)

一、金九一一万四〇〇〇円 (同月一一日予定の手形決済金)

合計金一二一一万四〇〇〇円

即ち同月一一日における剰余金見込は金四四万円である。

(ハ) かゝる状況にあるので若し三行からの融資が停止されるとすれば

一、金一〇七八万二〇〇〇円 (同月一八日満期の支払手形)

一、金一〇〇〇万円 (同月二〇日満期の支払手形、富士裾野の土地代金残)

合計金二〇七八万二〇〇〇円

はこれを支払うことが出来ないと予想される。

以上の如く手形割引が停止されるか、その枠が著しく制限される運命にあるが、近代的企業が銀行の割引等の助力なくして経営が不可能なことは言う迄もないところである。

(3)  夏期手当支給が不可能なこと

丸江伸銅は例年六月下旬から七月上旬にかけて夏期手当を支給しているが、従業員一四〇名の総支給額は約七〇〇万円である。

ところが本件仮処分のため銀行融資が得られないので、未だにこれが支給をなし得ず、従業員の不満等から丸江伸銅は内部的に崩壊する危険がある。

(4)  仕入拒否について

丸江伸銅が伸銅界に於て、有力な地位を確保し得ているのは、ひとえに大阪市の佐渡島金属株式会社(以下単に佐渡島とも云う)の庇護の賜物であるが、同会社は債務者両名を信頼すること厚く、現在丸江伸銅の使用する全原料の二分の一(月約一八〇万トン)を供給している。而してその原料は他店では仕入不能の輸入銅合金である上、廉価で他の支払条件も丸江伸銅に有利に取決められていたが、本件仮処分により原料供給を拒否している。もし他の業者から仕入れるとすれば輸入品である関係上、注文から入手まで約三ケ月を要する外、その仕入価格はトン当り五〇〇〇円ないし一万円の高値で、しかも供給量は佐渡島の四分の一にすぎない。従つてその結果月四〇〇〇万円の売上減となり、利益を一割として四〇〇万円の損害となる。

(5)  生産及び利益金の減少について

(イ)  以上の次第であるから三六年六月の生産量は約三二八万トンであり、この売上額は金八七〇〇万円であつたが、七月一日から同月七日までの間の生産実績は約四九トンであり、これを基準として七月分の生産量を推定すれば二二〇トンとなり売上は金五二〇〇万円となる。

(ロ)  売上金の推移をみると、三六年三月分は八七〇〇万円、四月分三六〇〇万円、五月分四〇〇〇万円、六月分六〇〇〇万円であるのに対し、七月分は実に一二〇〇万円の赤字が予想される。

かくしてこの儘事態が進行すれば丸江伸銅は倒産と云う異常な損害を蒙ることが予想されるのであり、これは債権者等の予想にも反するところで、彼等を含めた全会社関係者の損失である。この危機を脱するためには、銀行・仕入先の信用がある債務者両名を復職させる以外に方法はないのである。

(6)  本件仮処分取消により債権者等の蒙る損害とその維持により、丸江伸銅の蒙る損害の比較について

本件仮処分取消によつて債権者等は何等の損害を受けるものではないのに反し丸江伸銅が本件仮処分により受ける損害は異常に大なるものであることは既にのべた通りである。債権者岡田庄三郎が退職後はじめて債務者両名等の努力により丸江伸銅は相当な配当もなりうるに至り繁栄の一途を辿つているのであるから、債務者両名が会社役員であることは債権者等の利益であるとさえ云えるのであり、本件仮処分を維持する必要性は全くない。丸江伸銅は既述の如く資本金三〇〇〇万円、株式総数六〇万株であるが債権者等の有する株数は二万一四〇株であり、法律が少数株主権として保護する最小限度ぎりぎりの少数株主である。株式会社は合名会社の如き人的会社と異り物的会社であつて、こゝでは事は全て数を以て決せられ運営されるのが建前である。債権者等は口では会社のためと称し乍ら、実際は会社を潰すのが目的であると第三者に明言している位である。丸江伸銅の取引先、銀行、株主、従業員等はすべて債務者両名を信頼し業績は日を追つて向上しているのに、ひとり債権者庄三郎が経営の中心から離れたこと等に不満を持ち会社の不利益を図つているものである。このような事態を客観的に見るならば債権者の有する被保全権利たる株主権は世上一般の投資家のそれと異るところはなく、金銭補償を以て充分にその目的を達しうるものである。

三、結論

以上の如く債権者等の有する被保全権利は金銭を以て補償しうるものであるから、これのみを以ても、特別事情となりうるものであるが、たとえそうでないとしても、丸江伸銅の蒙る著大損害を理由として本件仮処分は保証を立てさせた上取消さるべきものである。

第四、証拠

(1)  債権等は甲一、二の一及び二、三、四の一及び二、五ないし八、九の一ないし四、十ないし三一及び検甲一の一ないし三、二の一ないし六、三の一ないし六、四の一ないし五三、五、六及び七の一ないし三各号証を提出し証人小川幸四郎の証言及び債権者岡田庄三郎本人訊問の結果を援用し、乙号証につき、乙四の四、八、九、一〇の一、一一の一及び二、十四、十五、十七、十八、二二の三、二三、三〇の一ないし四、及び四五、四六各号証の成立を認める、乙一、二、三の一ないし四、四の一ないし三、五ないし七、一〇の二、一三、一九、二一の一、二二の二、二四ないし二九、三一ないし三三、三四の一ないし六、三五ないし四四各号証の成立及び検乙一の一ないし三がメモの写真であることは不知、乙一二の一ないし三、一六、二二の一各号証の成立は否認、乙二一の二は官署作成部分の成立を認めその余は不知と述べ、

(2)  債務者等は乙一、二、三の一ないし四、四の一ないし四、五ないし九、一〇の一及び二、一一の一及び二、一二の一ないし三、一三ないし一九、二一の一及び二、二二の一ないし三、二三ないし二九、三〇の一ないし四、三一ないし三三、三四の一ないし六、三五ないし四六号証及び検乙一の一ないし三号証を各提出し、証人西川哲、佐々木幹太、鈴木格(二回共)、馬場芳朗、有本一郎、佐々木英志、稲葉正武、岡田徳三郎、及び北尾重雄の各証言並びに債務者岡田武夫本人訊問(二回共)の結果を援用し、甲号証につき、一、二の一及び二、三、四の一及び二、七、八、九の一ないし四、一〇、一二、一三、一五、一六、一八ないし二二、二五(本書面中昭和三六年六月一四日、同年四月二九日、三五年一二月一九日、三四年六月二〇日、同年五月九日、同年四月二九日作成の分のみタイプ印書、その他の部分は手記されているとの事実を含めて認む)三一各号証の成立及び検甲一の一ないし三及び三の一ないし六が何れも岡田武夫居住家屋の写真であること、検甲二の一ないし六が何れも佐々木貞治居住家屋の写真であること、検甲四の一ないし五三が借用書綴の写真であること、検甲五は三六年七月一四日毎日新聞であること、検甲七の一ないし三は、丸江伸銅の社宅の写真であることは何れもこれを認める、甲六、一一、一四、一七、二三、二六ないし三〇各号証の成立及び検甲六号証が岡田庄三郎のメモであることは不知、甲五号証は上部に大和426800と記載ある部分を否認し、その余は認める、甲二四号証は公文書の部分のみ成立を認め、その余は不知と述べた。

理由

第一、異議訴訟前の申立について

岡田武夫は本件仮処分(これがなされたことについては、当事者間に争いがない。)によりその職務の執行を停止されているので、一般に丸江伸銅の代表取締役として積極的に行動できないことは、当然であるが、当該仮処分決定自体の当否を争うために、会社代表者として異議を申立てることができるものと解する。(昭和六年二月二三日の大審院判例等は積極的な訴の提起等をなし得ないとするもので、当裁判所の見解と矛盾するものではない。)よつてこの点に関する債権者等の申立は理由がない。

第二、異議訴訟が取下により終了しているか否かについて

異議申立の取下が理論的に可能か否かは議論のあるところであるが、その点はともかく本件に於ては取下があつたとは認められない。何となれば、債務者等は終始一貫して本件仮処分の速かな取消を求めているのであり、異議申立自体を取下げることは極めて考え難い所である。従つて第三回期日に於て取下げると述べたのは表現の誤りで第四回期日に於て訂正申立をしている如く、狭義の異議理由即ち、被保全権利と保全の必要性を一応争わないで、異議訴訟ではあるが、実質的には特別事情の判断のみを求め、速かに終局判決を受ける意思であつたものと認めるのが相当でありその旨の訂正は当然許さるべきであると解されるからである。

第三、被保全権利と保全の必要性について、債務者等は自白したものであるかどうか、

債務者等は被保全権利の存在と保全の必要性を自白するわけではないが訴訟追行の技術上、争わないでおく旨述べているので、この意味と取扱が問題になるが、自白は本来事実に関してのみ許されるので、その言わんとするところは、解任請求権及び必要性を理由づけるものとして債権者等が主張している各事実を一応争わず訴訟上擬制自白として取扱われても異議がないと云うことであろうと解せられ、従つて右各事実を自白したものと看做するが、その法律的解釈は依然裁判所が之をなす義務がある。然し右債権者等の主張事実によれば、解任請求権と仮にその職務の執行を停止しておく必要性は一応認められるものと言わねばならない。

第四、特別事情の存否について

(1)  特別事情についての法律的問題

債権者等は債務者両名が自己の不正行為について争わないで、会社の利害を主張することはその資格を欠き許されないものであると論ずるが、不正行為と言つても要するに暫定的な認定に過ぎないので、不正の点を一応争わないで会社の損害について主張することは当然許されるのであつて債権者等の論法を以てすれば一般に特別事情の主張が許される場合は、殆んど考えられないことになる。

ところで当事者は双方とも会社の損害を問題としているので、債務者等の主張は当初の仮処分決定が必要性なくして出されたものであるとの異議の申立であつて、特別事情のそれではないのではないかとの疑問があるが、異議と特別事情による取消申立とは具体的事件では屡々その区別があいまいであるし、本件は本来異議訴訟であるが、訴訟促進の目的のため固有の異議理由については真実は争いたいのであるが、自白を擬制され特別事情の主張だけが残つた形になつているのであり、反対から必要性の存在を攻撃しているとも見られるから、この点は必ずしも理論的に矛盾しているものとは認められない。そこで実際会社が著大損害を受けているか否か、又それは代行者の人選の問題で職務執行停止自身の問題ではないかどうかについて考える。

(2)  債権者等の保全せんとする権利は金銭補償が可能であるか否かについて

債権者等の権利は、その主張事実中、五、(2) に記載されたと同じ理由で金銭的補償を以てその目的を達し難いものであると考える。

(3)  富士裾野新工場建設計画の挫折とそれに伴う損害について、

右計画については、債権者等の主張する如く、将来の発展の為ではあつても、その計画の実現なくして、丸江伸銅の存立すら危機に瀕するとの事実は債務者等提出の全証拠によつてもこれを認めることはできない。特に京都第二工場の返還を迫られているとの事実については、債権者等の述べるところと同一の理由で、たやすく認定できない。また計画挫折に伴う損害として挙げているもののうち、金一〇〇〇万円の没収と云うのは、主張自体としてもやや不合理である上、実際上手形で決済されて問題にならなくなつている(債務者岡田本人訊問二回目)し、他の項目は何れも小額であり、又得べかりし利益は将来のことに属しており、特別事情とはなり得ないものである。

(4)  金融逼迫と手形割引の枠の制限について

この点については債権者等の主張する如く、現状維持のための金融と生産拡大のためのそれとの二者に区別して考えることを要し、後者のための金融逼迫は特別事情とならないこと、先に述べた通りである。又手形割引の枠については、三銀行の証人中、佐々木証人(富士銀行)及び、鈴木証人(第一回、三井銀行)が、昭和三六年七月五日現在で手形割引は従前通り行われている旨の証言があり、その後の経過については債務者岡田本人の供述以外には適確な証拠はなく、債務者等が不渡の可能性ありと主張した同月一八日及び二〇日満期の額面合計二〇〇〇万円余の手形が無事決済されていることからみても、丸江伸銅としては現状では一応何とか資金繰りがついているのではないかと推測される。更に右本人の供述によれば会社には約八〇〇〇万円の預金があり一応操業を続けているものと認められるので、銀行が現状維持のための手形割引さえ拒否することは考え難いと云わねばならぬ。従つて金融逼迫等についても特別事情の存在を認めることはできない。また真正に作成されたものと認められる乙四号証の一ないし三によつても、具体的な金融停止の事実は疎明されないので、右認定を左右し得ないものである。

(5)  夏期手当の支給ができないことについて。

この点については証人北尾及び鈴木の証言(第二回)によつても明らかな如く、代行役員山口弁護士から銀行へ正式な依頼がないからであつて、あれば夏期手当が出る可能性がある上、そうでないとしても、会社従業員に対しては気の毒であるが、直接会社の損害と言い得ないものである。勿論従業員の給料が全面的に支給不能になると云うが如き事態に至るならば公益的見地から、考慮せねばならないがこの点については次の生産低下等に関連して考える。

(6)  仕入不能と生産低下について

証人馬場の証言によつて、丸江伸銅の全需要量の半分を供給している佐渡島が原料供給を拒否していることは認められるが、債務者等主張の如く同社が他店より有利な条件で丸江伸銅に供給していること等についての適確な証拠はない。個人企業ならともかく会社が、長期的に一般商業ベース以下の価格で取引することは異例のことと考えられるので、右認定に反する同証人の証言部分及び債務者岡田本人の供述はにわかに採用し難いと考えられる。又生産の低下についても、右本人の供述以外の適確な証拠はなく(証拠を提出する余裕が無かつたとは認められない。)、多少の減産は当然考えられるにしても、その供述するが如く大巾の生産低下従つて丸江伸銅の倒産が目前に迫つているとの主張は容易に首肯し難いところである。

(7)  以上の次第であつて証拠評価に当つては、債務者等及びその代理人において、結審を急ぎ多少とも平静を失つていたかも知れないとの点を斟酌したが、遂に会社に通常予想しうる程度を遥にこえた著しい損失があるとの心証を得ることが出来なかつた。

第五、結論

従つて結局本件仮処分の取消を求める債務者等の申立は理由がなく、これを維持する必要があるので、本件仮処分を認可し、民事訴訟法第八九条及び第九三条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古田時博)

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